はじめに
脳の構造や病態が見える画像はさまざまありますが、従来のCT画像やMRI画像では神経線維を直接見ることはできません。それを可視化するのがトラクトグラフィーと呼ばれる画像で、脳の神経線維を描画することもできます。
脳は現在でも解明されていない部分が多くあり、また脳に関連する疾患も数多くあります。そういった状況のなかで、このトラクトグラフィーの利活用が脳の治療や研究に寄与すると考えられています。
概要説明
トラクトグラフィーとは、MRIから得られる拡散テンソル画像(Diffusion Tensor Imaging、DTI)を利用して神経線維束を三次元的に可視化した画像です。従来の拡散強調画像(Diffusion Weighted Imaging、DWI)を利用したDTIは、拡散異方性の情報をもつ画像であり、神経線維の水分子の異方性拡散(軸索の走行によって運動方向が制限される)を利用して、錐体路や脳梁などさまざまな神経線維束を可視化することができます。
自由水の中にある通常の水分子の拡散はすべての方向に同じ速度で拡散しています。(等方性拡散)それに対し、異方性拡散とは、ある方向に特異的に拡散している状態を示します。脳の白質内では神経線維の軸索に沿って水分子が異方性拡散しているため、その異方性拡散を追跡することで神経線維を描画することができるのです。
図1 等方性拡散 図2 異方性拡散
トラクトグラフィーは臨床、研究のさまざまな場合に役立ちます。例えば、脳神経外科手術の術前検査として行い、手術のガイドとしての利用、神経学的疾患の病態の理解や治療効果の評価や、脳損傷やリハビリテーションの評価などの場面で利用できると考えられています。
また、脳以外の領域では、脊髄の神経においても水分子が異方性拡散しているためトラクトグラフィーの利用が期待されています。
トラクトグラフィーの作成方法の種類
トラクトグラフィーの作成方法として、2つご紹介します。
どちらも神経の追跡をはじめる開始点を設定し、そこから拡散方向の追跡を行うものですが、その追跡方法によって分類されます。
決定論的トラクトグラフィー (deterministic tractography) |
確率論的トラクトグラフィー (probabilistic tractography) |
|
---|---|---|
追跡方法 | 水分子の拡散のもっとも大きい経路を追跡する | 水分子の拡散の情報を確率密度関数として扱い、その確率分布に従ってランダムに選ばれた方向に追跡する |
利点 | 計算が簡便 |
複雑な神経線維の描出が可能 |
欠点 |
大きなカーブを持った神経線維の描出には不向き |
計算量が多い |
決定論的トラクトグラフィーでは開始点が同じであれば常に同じ軌跡となるのに対し、確率論的トラクトグラフィーでは開始点が同じであっても確率分布に基づき毎回異なった走行方向を採用するため、同じ軌跡になるとは限りません。
その他の手法としてはFast marching tractographyやGlobal tractographyなどの方法もあり、どのような追跡方法を用いるかで結果は大きく変わってくるため、目的に応じて適切な方法を選択することが重要です。
トラクトグラフィーの解析ソフト
トラクトグラフィーの作成方法としては、MRI装置のワークステーションに内蔵されているソフトで解析できるほか、FSLというフリーソフトをもちいて解析することもできます。また、マイクロンで取り扱っているicobrainでも解析することが可能です。
終わりに
近年、脳に対する研究や薬品開発への関心が高まっており、トラクトグラフィーへの注目も高まっているといえます。こういった新しい技術を用いることで研究や薬品開発などがより進歩することが期待されます。
参考文献
- 佐藤英介・磯辺智範・山本哲哉・松村明(2016)「拡散テンソル画像の基本原理と画像解析」
- 小川俊平(2015)「特集:MRIによる視覚研究 Diffusion MRIによる視覚伝達路の可視化」
- 青木茂樹・阿部修・増谷佳孝・高原太郎(2013)「これでわかる拡散MRI 第3版」株式会社学研メディカル秀潤社